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触察2 触地図 

(2026年1月15日 初掲載)

本校相談室を整理していたら、触地図がたくさん出てきました。
発見された触地図は、次の11種類です。
(写真1 盲学校周辺図 同じものが3枚)
(写真2 西が上になっている盲学校周辺図)
(写真3 盲学校周辺図)
(写真4 校舎配置図 1階部分)
(写真5 校舎配置図 2,3階部分)
(写真6 秋田駅 広小路 中央通り)
(写真7 広小路周辺図)
(写真8 大町通り)
(写真9 秋田駅)
(写真10 県庁周辺図)
(写真11 八橋運動公園 県庁周辺図)

写真1:盲学校周辺図(同じ物が3枚)
写真1:盲学校周辺図(同じ物が3枚)
写真2:西が上になっている盲学校周辺図
写真2:西が上になっている盲学校周辺図
写真3:盲学校周辺図
写真3:盲学校周辺図
写真4:校舎配置図(1階部分)
写真4:校舎配置図(1階部分)
写真5:校舎配置図(2、3階部分)
写真5:校舎配置図(2、3階部分)
写真6:秋田駅 広小路 中央通り
写真6:秋田駅 広小路 中央通り
写真7:広小路周辺図
写真7:広小路周辺図
写真8:大町通り
写真8:大町通り
写真9:秋田駅
写真9:秋田駅
写真10:県庁周辺図
写真10:県庁周辺図
写真11:八橋運動公園 県庁周辺図
写真11:八橋運動公園 県庁周辺図

11枚中、写真1、2は、薄いプラスチック製で、当時、本校にあった日本版のサーモフォーム「プラホーマー」を使って作成されたと思われます。触るとすぐに破損しそうです。写真1枚は3枚あり、写真3と同じ地図なので、写真3を原版として作成されたようです。しかし、写真2の原版に相当するものは見つかっていません。
写真3~11の9枚は、透明なアクリル板の上に黄色味がかった樹脂によって地図が描かれているもので、文字や点字もエッジが効いた状態でくっきりと浮き出ています。
大きく分類すると、学校周辺図、校内配置図、秋田駅周辺図、秋田駅の構内配置図、県庁周辺図に分かれています。秋田駅周辺やと県庁周辺については、広範囲が描かれたものと、地域を絞ったものが作られているので、学校周辺の高清水地区の地図も複数作られ、その内の1枚が、見つかってない、写真2の原版なのではないかと推察されます。
写真1学校周辺図で、盲学校の隣の学校が「市立高校」と表記されています。秋田県立盲学校が土崎に移転したのは1971年12月であり、秋田市立高等学校が県立移管し、秋田県立中央高等学校と名称変更されたのが1982年4月なので、これらの触図は、1972年から1981年までの間に作成されたと推察されます。

この触地図について、校内の教員では知っている職員がおらず、退職した理療科教員を頼ってみたところ、

・おそらく養護・訓練の時間のために作られたもの。ただし、いつ誰がどのようにして作ったかは不明。
・紫外線を当てると樹脂が硬くなり、当たっていないところは水で洗い流すという機械が学校にあったような気がする。
・エレファックスを使って版を作っていたような気がする。
(いずれも、記憶は定かではない)
という情報を得ました。これを受けて、各周年記念誌を洗い直しましたが、いずれにも、該当するような機器についての記述を見つけられませんでした。
 
素材としては、現在も「感光性樹脂板」などの名称で売られているものと同様のものだと思われます(紫外線を当てると樹脂が硬くなり、当たっていないところは水で洗い流すという使い方が同じ)。
ただ、誰が作った、何を参考にした、どう使われたなどについては、まだ分かっていません。

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