110周年・ひと 全国初の詩集の出版
(2022年初掲載)
秋田県立視覚支援学校オリジナルキャラクターのチューモくんです。
「チューモくん日記」では、本校やその周辺のことについて語っていきます。
秋田県立視覚支援学校は、令和4年度で創立110周年。
今回は、全国で初めての視覚障害者の詩集を出した卒業生について紹介します。
1952年(昭和27年)に、秋田楢山教会の日曜学校長だった内田ハチ氏は、当時、本校中学部3年だった須藤春代さん(後に豊口姓に)を、兄・内田武志氏に引き合わせます。内田武志氏は、血友病に伏しながら菅江真澄の研究を続けた著名な研究者です。
春代さんは、内田武志氏の指導により、毎日一編ずつの詩を書くようになり、1953年4月に、処女詩集『めぐみ』が自費出版されます。これが大きな反響を呼び、1954年11月には、岩崎書店から、全国初の盲文学詩集『盲少女の詩文集 春のだいち』が出版されました。
内容は、春代さんの詩と内田武志氏に宛てた手紙、日記、そして内田氏による「春代さんのあゆみ」などです。
春代さんと出会った頃から、内田兄妹は、障害者教育の改革を訴える文筆活動を行いますが、その舞台となったのが、雑誌『みちびき』です。
その『みちびき』6号は、『春のだいち』を特集したものですが、そこにはたくさんの賛辞が寄せられています。中には、円地文子、伊藤整、坪田譲治、新藤兼人などの著名人の名前も並んでいます。大きな注目を集めたのであろうことが想像できます。
『春のだいち』は、2021年、日本文学研究者で東京学芸大学教授の石井正己氏の手によって、55編の詩を抜粋し、春代さんの御子息による文章などを加えて、『春のだいち(抄)』として67年ぶりに世に出ました。
限定50部のため、なかなか目にする機会がないかも知れませんが、本校図書室には、旧版も新版も置いてありますので、是非お読みいただければと思います。
春代さんと内田武志氏の業績として、もう一つ大きなものがあります。
ノーベル賞作家ロマン・ローランの「ジャン・クリストフ」を点訳したことです。
春代さんが内田氏を訪ねた折、「ジャン・クリストフ」を読んでもらったのですが、数ページ読んだところで、「わあ、すばらしい。この点訳本があればいいなぁ。」とつぶやいたそうです。その春代さんの声に応えて、一緒に見舞いに来ていた方が、「じゃ、私が手伝ってやる。」と声を上げてくれ、教会を通じて知り合った人達と「みちびき点訳奉仕団」を結成。15人で協力して、1955年(昭和30年)、「ジャン・クリストフ」の日本初の完全点訳本40冊が完成しました。
外務省情報文化局第三課外務事務次官だった田村たつ子氏は、この経緯をフランスのロマン・ローランの未亡人マリー・ロマン・ローランに伝えました。
すると、マリー氏から春代さんに、完訳記念のお祝いの手紙と、「あなたの前にあるコップで毎日お茶を汲んでロマン・ローランの心を汲みとってください」というメッセージとともに、藍色のコップが贈られました。
学生時代、大きな足跡を残した春代さんは、2016年(平成28年)に亡くなられました。鍼灸マッサージのお仕事をしながら、盲導犬を連れて、小学校の障害理解教育の場でお話しになるなど、地域に根ざして活躍されたようです。
なかなか目にすることのできない、処女詩集『めぐみ』、雑誌『みちびき』や、マリー・ロマン・ローラン氏からの手紙やコップは、現在、秋田県立博物館の菅江真澄資料センターに、研究者である内田武志の関連資料として収蔵されています。
展示される機会があれば、是非足を運んでみてください。
<参考資料>
- 『七十年史』秋田県立盲学校(1982年)
(2025年6月4日 再掲載)